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ブログ/ニュース


東日本大震災から15年。あの日、山形から感じたこと
今日で、東日本大震災の発生から15年が経ちました。節目の日を迎え、当時の記憶が鮮明に蘇ります。 あの日、私は山形県米沢市で外出先から帰社するため、車を運転していました。 走行中、急に激しい目まいに襲われたような感覚になり、慌てて路肩に停車。その途端、車体が大きくバウンドし始め、ようやくそれが尋常ではない地震だと気づきました。 幅4メートルほどの幹線道路でしたが、両脇の電信柱が互いに交差するほど激しく横揺れしていた光景は、今も忘れられません。 震災直後は、同僚1名と連絡が取れず、ただただ無事を祈るばかりでした。 ようやく安否を確認できたのは夜の10時。長野自動車道を走行中だったとのことで、声を聞いた瞬間の安堵感は、今思い出しても胸が熱くなります。 その後、仕事を通じて復興支援に取り組む中で、自分たちの会社がどれほど世の中に必要とされているかを痛感しました。震災復興に携われたことは、私自身のキャリアにおいても大きな財産となり、働く意味を改めて見つめ直すきっかけとなりました。 15年という月日が流れましたが、あの時の経験を糧に、これからも社会に貢献でき
3月11日


【震災から31年】「映画だと思った」あの日から、鉄骨に込める祈りまで
31年目の朝に 今日、1月17日を迎えました。 阪神淡路大震災から、早いもので31年が経ちます。 毎年この日が来ると、当時の記憶が鮮明に蘇り、改めて「当たり前の日常」の尊さを考えずにはいられません。 1995年1月17日、あの日の記憶 あの日、目を覚ましてテレビをつけた時の衝撃を、今でも忘れることができません。 画面に映し出されていたのは、広範囲に広がる火災と煙。 最初は現実のこととは信じられず、 「どこかの映画のワンシーンを見ているのではないか」 、そう錯覚するほど、目の前の光景は非現実的でした。 しかし、現実はあまりに過酷でした。 特に、崩落した阪神高速道路の端で、いまにも落下しそうになりながら止まっているバスの映像を見たとき、「とてつもなく恐ろしいことが起きてしまったのだ」と、震えるような感覚を覚えたのを昨日のことのように思い出します。 語り継がれた「痛み」 震災から数年後、私は9人制バレーボールチームを率いていました。 その活動を通じて、兵庫県をはじめとする被災地のチーム関係者の方々と接する機会が多くありました。 そこで耳にしたのは、テレ
1月17日
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